小曽根勲さん、小曽根幸子さんご夫妻@植田洋子とTea For Two

2015/02/04

ステキなゲストをお迎えして、楽しいトークと素敵な音楽をお届けします。
お茶でも飲みながらステキな午後をお楽しみください。
今週は、芦屋にお住まい小曽根勲さん、小曽根幸子さんをお迎えしました。
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阪神淡路大震災から20年・・・
当時被災された小曽根勲さんのご自宅は全壊、再起するまでを回顧録として1冊の本「阪神大震災20年に想う」にまとめられました。
スタジオでは、震災当時のことを振り返っていただきました。
その時の揺れはミキサーで回されているような感じだったそうです。いろいろな家財が部屋の真ん中に集まって積み上がるなか、その真ん中にいた幸子さんは、幸い怪我ひとつされなかったそうです。
何が起こったのか分からず、しばらくして地震だとわかったけれど状況が分からない。
ドアが開かず、なかなか外に出られない。外からはご近所さんが声をかけてくれるのに、中の声は外に届かない・・・。
窓ガラスを壊すなどしてやっと出られたのは1時間後、それから初めて状況が分かったそうです。
ご自宅の窓は平行四辺形に傾き、余震のたびにどんどん傾いていったそうです。
それからご家族の安否確認、ご両親の安否確認をされ、避難所へ。学校の体育館での生活がはじまります。
そこでは元気に声をかけてくださるかたがいて、生活するに当たってのアイデアを出したり、役割分担をしたりリードしてくれるかたがいたから秩序正しく過ごせたとおっしゃっていました。
また、そこで避難所生活を共にしているみなさんのルールを守る姿にもすごいなぁと感じられたそうです。
たくさんのかたの支援で水や食料品は増えたけれど、温かいものがなかなか手に入らなかったことや、震度6クラスの余震が続くのに怯えていたこともお話し下さいました。
勲さんは避難所での初日の夜、なかなか眠れないなか、自分がシッカリしなければ、最低でも元の生活に必ず戻すと心に決められたそうです。
出勤できるようになって、時間をかけてたどり着いた大阪市内。
まったくいつも通りの生活がそこにあって驚いたそうです。
4月にはご自宅の解体に立ち合い悔しい思いもされました。
そんな中でも得たものは、家族の絆。
震災当日、東京にいた息子さんはその日のうちに駆けつけてくれたり、その絆の強さを改めて感じたとお話いただきました。
この日は小曽根さんご夫妻に選曲いただた音楽とともにお届けしました。

■2/4(水)午後3時放送(再放送は2/4(水)午後9時、2/8(日)午後5時)